策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

三国機密の唐姐姐の描き方について。


ドラマ三国機密の弘農王妃、唐姐姐は凄腕の剣客でかつ美貌の貴人、とどめは未亡人。それも皇帝(廃位されて王位)の。
スーパーウーマンでツンデレ。ドラマオリジナル設定てんこもりです。
でも、史書の彼女の生涯はほんの少ししか書かれていません。ですが、それだけでも想像力をかきたてる人物です。

後漢書より抜粋。皇后紀下です。
卓乃置弘农王于阁上,使郎中令李儒进酖,曰:“服此药,可以辟恶。”王曰:“我无疾,是欲杀我耳!”不肯饮。强饮之,不得已,乃与妻唐姬及宫人饮宴别。酒行,王悲歌曰:“天道易兮我何艰!弃万乘兮退守蕃。逆臣见迫兮命不延,逝将去汝兮适幽玄!”因令唐姬起舞,姬抗袖而歌曰:“皇天崩兮后土颓,身为帝兮命夭摧。死生路异兮从此乖,柰我茕独兮心中哀!”因泣下呜咽,坐者皆歔欷。王谓姬曰:“卿王者妃,埶不复为吏民妻。自爱,从此长辞!”遂饮药而死。时年十八。

テキトー過ぎる部分的訳。歌の訳は他のところで見て下さい。
董卓の使いの李儒から鴆酒を強制される弘農王(少帝)、別れの宴で歌をよみ、妻の唐姫に舞わせます。唐姫も舞いながら歌い、一人残されることに泣きます。皆も貰い泣き。
弘農王はいいます。
「きみ(卿)は王の妃なのだから、官吏の妻となって再婚できない。自愛せよ。さらばだ」と言って鴆酒を呷り亡くなりました。時に十八歳。

男って勝手ねー。若いから言える言葉かしら。いや、女性に対しての思いやりもないから廃位?独占欲も愛のかたち?
この場面も董卓の悪辣さを強調させるために書かれたんじゃないかとの説も昔読みました。
肝心の唐姫についてですが、「妻唐姬及宫人」と分けてかいてあり、また、「卿王者妃」と丁寧な呼びかけと妃の字で、本来は皇后に冊立される立場ではなかったかと思われます。唐「姫」というのがちょっとひっかかるけど。

唐姬,颍川人也。王薨,归乡里。父会稽太守瑁欲嫁之,姬誓不许。及李傕破长安,遣兵钞关东,略得姬。傕因欲妻之,固不听,而终不自名。尚书贾诩知之,以状白献帝。帝闻感怆,乃下诏迎姬,置园中,使侍中持节拜为弘农王妃。

また、テキトー過ぎる訳
唐姫は潁川の出身。弘農王が薨じた後帰郷します。父は再嫁させたがりましたが、唐姫は決して許しませんでした。李傕が長安を破り、関東に兵をやって略奪させ、唐姫も得ました。李傕は妻にしようと狙いますが、いうことを聞かず、名乗りませんでした。尚書賈詡が事情を知って献帝に奏上しました。帝は大変哀れに思い、詔を出して唐姫を正式に弘農王妃として迎え、園中に置きました。

潁川の唐氏といえば、宦官の唐衡が浮かびます。父親が会稽太守と結構な家柄のようです。
李傕に妻にと狙われても、名乗らない。根性あるなー。賈詡の名が出てきました。この人なにげに皇帝のために動く、陰徳を積んでる印象あります。まあ、リカクシで混乱させたのもこの人ですが…。献帝も優しいですね。漢室のプライドがさせた部分もありましょうが。

以上唐姫の記述終わり。
献帝長安脱出に付き合ったのかはわかりません。地獄の逃避行中に脱落したのかも知れませんし。
ドラマではこの辺の空白が大胆に扱われていますね。

潁川出身で荀彧と組ませるとか、賈詡への恩義でコンビとなるとか、どうして唐姐姐をラブ方面に持って行ったかな-?
儒教的道徳としては歴史をなぞった方がかっこいいのでは?古くさい?
なんでもかんでも美男美女のラブに持ってかれると興ざめです。
華流ドラマとして世界的に売り込むには、そっちの演出の方がウケるのかな。
三国志オタクが濃すぎる日本には、唐姫の良さを一部損ねる描写だった気がします。

原作本では、どうなのかな?
まだ、積んであるのでわかりませんが、読んだら比べてみたいと思います。